第25回ザッカデザイン画コンペティション

25周年特別企画
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ザッカデザイン画コンペ25周年記念特別企画

審査員インタビューの続きです。後編では、林さんがデザイナーとしてのキャリアを気づく過程で学んだこと、過去の経験に基づいた貴重なアドバイス、そして産地・台東区に対する思いを語っていただきました!

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ゲスト審査員へのスペシャルインタビュー


■インタビュー【Part2】  ■インタビュー【Part1】はこちら

─ コンペ受賞から起業して成功されるまで12年間の間にさまざまなことがあったと思います。デザイナーとして活動を続ける中でどのようなことが創作の励みになりますか?

林:今年、ブランドを立ち上げてからちょうど10年目の節目でもありブランドの原点を見つめ直すタイミングでもありました。デザインを日本の優れた職人たちと一緒に創造できる喜び、そしてバッグデザイナーとして手にする全ての女性の人生に関れる喜びが私の原点であり一番の励みです。

─ では、逆に今までの12年間で一番苦しかったこと、挫折した経験についても教えてください。

林:作りたいものを作る事とビジネスにすることとは想像を遥かに超える違いがあると打ちのめされた時です。職人たちと一緒につくることは闘いでもあって、納得がいかなければやり直してもらわなければいけない。好きだけでは続けられません。
何より一番きつかったのは、商品が売れないことです。ものを売るためには、商品に魅力があるないという事に加えて買ってもらえるための努力をどれだけしたかも重要です。ブランドを立ち上げた頃は知識もなく人脈もなく、売り込もうにもバイヤーさんの名刺を持っているわけでもない。
経営者として「商売をする」ための全てのノウハウを全く知らずにブランドを始めてしまったので、非常に苦労しました。
PRして、受注を取って、商品を作り、納品し、入金されるといった一連のサイクルが軌道に乗るまでの数年間は本当に大きな覚悟が必要でした。

─ そのような大きな覚悟をできたのはなぜだと思いますか?

林:最初は「こんな大変なことを始めちゃったんだ」と思いました。でも、自分の中でやると決めたのだから、やり通すという気持ちだけでしたね。

─ 行きづまった時・挫折したときに何が(どういった経験が)心の支えになりましたか?

林:バッグを使って頂いた方がまた違うバッグを購入してくれた事です。バッグを購入する際はデザインも重要ですが、使い始めてから持った時、握った感触や、身体にフィットする 持ち手の長さ、軽さ等バッグとしての使い易さを実感します。
使い易かったからとリピートされたのを聞いて、自分の理想とするバッグを評価して頂けたこと、 当時まだ今よりももっと小規模でしたが商業商品を生み出せていると実感できたことが自信に繋がりました。

─ 林さんの理想とするバッグとはどのようなものですか?

林:バッグはそのもの単体で見ていいなあと思う芸術性の高いものもあれば、手に持ってみて初めて良さがわかるものがあります。
私の場合は後者です。持つ人が主役で、その人が来ている洋服に持った時にピタッとおさまり、持った方が断然よい印象になるものを目指しています。
例えると「香り」に似ていると思っています。香りは一瞬で記憶に残ります。その人を力づけるものであって、その人自身を負かすほどの力強さはない、その人の魅力を最大限に生かし、また、その人の人生にそっと寄り添えるようなバッグを目指しています。

─ では、もしもコンペを受賞した12年前に戻れるとしたら、現在の自分から振り返ってやっておいた方が良いこと、日々の過ごし方のアドバイス等あれば教えてください。また、夢をつかむためにしておいて良かったと思うことがあれば教えてください。

林:社会人経験も悪くないと思います。
私は化粧品会社に就職をし、バッグデザイナーになる為に退職しました。
年齢を重ねた後の独立でしたので、遅いスタートに焦りもあったのですが会社員は良い経験だったと思います。ファッションの学校を卒業してすぐにブランドをスタートする方もいらっしゃるでしょうし、それを否定はしませんが、私の場合は、生意気盛りの若輩者が大人と接する機会があったことは人間としても成長できましたし自らデザイナーであり経営者でもある今、当時人生経験豊富な先輩方から学んだ経験は多いに生かされています。 もうひとつ、私は幸せなことに身近に50年間店をやり続けている父という存在がありました。お客さまに提供するものの全てに拘りがある父の背中を見てきた事は大きいです。10年はまだ足元にも及びません。
デザイナーや、バイヤーや、マーチャンダイザー、何にしても、自分がやりたいと思う職種が明確なら、希望の職種に就けなくても同じ業界に飛び込んでみるのも夢を叶える近道だと思います。最初から希望職種でなくても、社会人経験は必ず役に立ちますよ。

─ 最後に応募して来られる方は10代~20代の若手の方が多いです。その頃にこれだけはやっておいた方が良いと思うことを教えてください。

林:ブランドを始めたい方なら資金をためておいた方が良いです。必要なので(笑)。
他には、クリエーションに携わる仕事はインスピレーションをアウトプットする作業でもあるので、たくさんの刺激をインプットすると良いと思います。
そして、自分なりのアウトプットツールを見つける事も良いと思います。 年をとると感動が少なくなってしまいます。若い感性の豊かなうちに色々なものを見て「良いものをみた」「キレイだな」と思うことが大切だと思います。
見た時にわからなくてもいいんです。私も専門学校の先生に「良いものを見なさい」と言われて当時はおっしゃっている意味がよくわかりませんでした。
世の中で「良い」と思われているもの、景色やデザインや、アート等には何故それが「良い」と思われているか理由があります。現代の私たちに理解できないアートでもその作品の時代の人々を感動させた何かがあります。何故そうした作品が評価されているか考えることも大切です。また、年を経て見直した時に感じ方が変わることもあります。
若いうちから色々なものをインプットしていってください。
そうすれば必ず素敵なクリエーションにつながるはずです。

─ ここからは、産地台東区で活躍する一人のクリエイターとしての林さんにお伺いします。 林さんはファッションザッカの産地である台東区上野で起業されていますが、林さんの産地に対する思いを教えてください。

林:数年の間に作り手(職人)が激減しました。
高齢化が原因です。このままでは日本製が消えてしまうことに非常に危機感を感じています。もはや日本製だから良いと言われ日本製だから購入する時代ではありません。
しかし、日本人のアイデンティティを感じるデザインを商品に具現化できるのは同じ日本人でないとできない、そうであって欲しいと思いたい。 私は、デザイナーになって、素材を作る工場の職人や生産を請け負ってくれるメーカーと一緒に商品を作っていると考えています。
その方々には、コケットブランドの商品としての信頼を作ってもらっていると思っていますので。そうすると私の仕事は、その方々にも仕事を作ることだと思う様になりました。しかし、小さな企業の小さな努力だけでは歯車を食い止めることはできません。高齢化の波と海外生産の流れを食い止めることができるのは、多くの生産が見込める大企業が国内に生産を戻す事だと思います。
また、若い作り手の育成も今後更に重要になって行くと思います。ここ台東区には数々の地場産業が歴史とともに受け継がれています。バッグを始め、紙業界、文房具、宝石、そしてその資材、作り手、流通に至までの周辺産業も揃うものづくり特化したエリアです。私は、その方々に敬意を払いつつ、共存して行ける仕事が続けられればと思っています。

─ 現在、産地・台東区はクリエイターの街として特に御徒町・蔵前エリアを中心に再認識されつつあります。このような傾向について実際に区内で活躍されているクリエーターとしてどのように思いますか?

林:ものづくりに携わる以上私たちは、その技術を発信する役目も担っていると思っています。なぜ、あえてこの場所でお店やアトリエを構えたのかを考えてもらえれば、 自ずとこのエリアがどれほど重要な意味を持つのかを分かってもらえると思います。 一方で「街」と考えた時に、物を買うだけではない有意義な時間を過ごせる場所になるよう更に期待したいです。お買い物を楽しむ事ができるのは認識されつつありますが、ちょっと休憩したい、お腹を満たしたい時に 過ごすお店がまだ少ないと思っています。
カフェがもっとあればいいですし、美味しいパン屋さんやアート本がたくさん置いてある本屋さんなどが増えるなど 1日朝から晩まで様々なジャンルで楽しい時間が過ごせることが街だと思います。
また、ここにはそのポテンシャルが充分あると思っています。

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